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『還願 (Devotion)』弱者のリベンジとしての恐怖

『還願 (Devotion)』は台湾のゲームメーカーであるRed Candle Gamesが手掛ける一人称ホラーゲーム。様々な問題を抱える80年代台湾の家庭を父親の視点で体験することになる。(この記事にはネタバレが含まれます)

 

端的に言ってこの「家庭の問題」とは家父長制に染まり、民間信仰にハマり、精神病への理解がない父親その人のことだ。彼はスターであった妻を芸能界から引退させ、家庭に閉じ込める。また精神が原因である子供の病気を認めず、その治療を怪しい民間信仰に求める。妻は芸能界に戻ると同時に家庭を後にし、幸せだった家庭には父親と病気の娘だけが残ることとなった。

 

 

以上のような最悪の父親の視点を借りて、プレイヤーは1980年から1986年の時空を行き来する。その中でプレイヤーは様々な恐怖に出会う。悲しげな女の怪物や子供をかたどった不気味な人形がプレイヤーの前に立ちふさがる。そこでプレイヤーが目の当たりにする「恐怖」とはいったい何だろうか。

 

それは現実では声を上げることができなかった社会的弱者たちの「リベンジ」である。例えばジャンプスケアという演出がある。大きな音や急な動きによる恐怖演出が『還願』では多用されている。このような演出はプレイヤーからしてみれば半ば暴力的なものということができる。なぜならプレイヤーはそれに備えることも回避することもできないからだ。しかし、『還願 (Devotion)』はその演出の暴力性を深く自覚しながらも、確固たる意義を持ってジャンプスケアを用いている。

 

 

父親は妻や子供に対して物理的に、時には精神的な暴力を与えていた。彼らはやり返すこともできず、ただ暴力が過ぎ去るのを待つしかなかった。しかし、ホラーという文脈が彼らに恐怖という力を与えた。父親の暴力に対する逆襲がジャンプスケアという形をとってプレイヤー(父親)に襲い掛かるのだ。この視点をとれば回避不能な恐怖がプレイヤー(父親)に降りかかるのは必然的に思える。

 

 

ホラーはこのように社会的な弱者の声を恐怖という形で出力する事に優れたジャンルであると言える。数少ない論評の中でこの作品を「誰も悪くない献身の物語」と描写するものがあったがこれには賛同しかねる。プレイヤー(父親)に降りかかる恐怖という暴力を見れば、誰がこの恐怖の元凶であり、その恐怖が誰からの逆襲であるか予想することは難しいものではないだろう。