Game Mediation

PCゲーム、3DCG、哲学など

FINAL FANTASY TYPE-0 日常と戦争の行き来

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いつもTwitterやら何やらでしつこくネチネチ叩かれているスクエアエニックスさんにお詫びとして無料で頂きました。

驚愕のコンセプトと勘違い

これは単なる自分の勘違いであったのだがオリジナル版の発売当時(2011年)の「命と引き換えに召喚獣を呼ぶ」という情報を勝手に飛躍させてストーリー上でも永続的に死亡すると勘違いしていた。「そのカタルシスはいか程のものだろう」「ストーリーの整合性は取れるのだろうかと」「凄すぎだろ」と勝手に驚愕し賞賛していたのですが実際は拠点に帰ると生き返るんですね。

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自分の勘違いしたシステムを前提とするとS.O.は正にゲームを破壊しつくす恐ろしい要素である。最初に失敗したときに、どれだけの喪失感があったことか。

一貫した戦闘システムと派生による発展

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今作のジャンルは以前の記事で文句を付けたARPGだが戦闘中のゲームプレイはほぼアクションゲームといっても差し支えない。基本攻撃とMPを消費する技、そして回避を駆使してハイスピードなゲームプレイが展開される。攻撃と回避どちらもタイミングが重要な上にモーションが非常に素晴らしい。

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キャラクターの動きはそのままでRTSを組み合わせたような戦術的なゲームプレイも展開される。これは都市を攻め落とすことが目的となるのだがキャラクターは多数VS多数の軍の戦いに介入することができ一撃で全滅に追いやることもできる。このことより主人公達のインフレした強さが伺える。

日常に潜む戦争

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今作には次の出撃までの猶予時間という要素が存在する。授業を受けたりチョコボを育てたりとまるで戦争中の行動とは思えない。しかし授業を受けるのは敵を殺す技術を高めるためであり、育てるチョコボは敵地へ赴くために使われる。いくら日常的な行動を取ろうとその先には戦争の影が見え隠れする。しかし完全な日常をキャラクターとの会話内で発見することがある。「戦時であるからこそ普段と変わらないことする」というのは「日常」と「戦争」の行き来(そして得失)という点で「新世紀エヴァンゲリオン」に通じるものがある。エヴァンゲリオンが好きなだけにこれからの展開に期待してしまう。2015-11-20_00044_201511290001548e0.jpg