Game Mediation

PCゲーム、3DCG、哲学など

『Somerville』コンテクストの塗り替え

※ネタバレが含まれます

 

『Sommerville』をクリアして自分にはゲームを全体として評価する能力がない、ということに気が付いた。今作には正直言って不満な点ばかりだが、私のこのゲームへの印象はかなり良い。

 

カメラが遠すぎてキャラクターやオブジェクトが視認しにくいし、3D表現とモッサリした挙動との相性が最悪だ。さらに主人公は甲斐甲斐しくついてくる犬には目もくれずズンズン進んでいく。主人公の能力も地味で映えないし、いったい何というゲームだ、と中盤あたりまで思っていた。

 

しかし、進んでいくにつれて良いシチュエーションが少しずつ出てくる。

 

家族との再会

 

文明が崩れ去った街並み

 

地味だった能力の最大限の発揮

 

これらはすべて序盤から中盤にかけて抑圧されてきたプレイヤーを解放するかのようなシーンだ。ゲーム唯一の目的である「家族を探す」という目的は達成され、殺風景だった田舎道やトンネルは崩壊した文明が見て取れる街並みに変わる。地味だった能力は世界を救う能力へと昇華する。

 

終盤の数シーンでこのゲームの印象が変わってしまった。

 

ギブアップエンド

そしてそんな中、決定的なギブアップエンドを見せられる。SF的な能力を最大限に発揮した後に、救いを得られず家族の幻想を観ながら最初のシーンのようにソファに身を預ける主人公の姿はとても虚しく美しかった。

 

これは真エンドではなく、主人公はこれから家族のために勇ましく能力を活用するのだが自分にとってこの作品の終わり方はこれが一番だった。ただでさえ薄れていた『Somerville』の悪い印象はこのシーンで完全に消えた。最悪な操作性も、退屈なゲームプレイもここに到達するために「積み上げられてきたもの」という認識に変えられてしまった。

 

ゲームをプレイしているとこのような、「これまでの退屈なゲームプレイ」が1シーンで「ここに来るまでに必要不可欠だった時間」に変わる瞬間がある。『Somerville』はコンテクストを一瞬で塗り替えるゲームの魅力を再確認させられた一作だった。